日々の出来事やテディベア制作日記
遅ればせながら ただいま♪

行きしなはどうなる事かと思ったこのビッグイベントも 去ってしまえば楽しい思い出だけが残りました

FBやTwitter等ではご挨拶していた作家さま達とも 初めてお会い出来たし
まぁそりゃ 初対面だから 緊張もするし会話もぎこちなくなったりするし 声もひっくり返たりもするけど
(初デートと似てるね)

文字だけのやりとりでも、いい人だとか、素敵だとか 仲良くなりたいなと感じていると
やっぱお会いしてもそのままで やっぱ人柄って文章に現れるんだとつくづく感じた
(私のおバカも隠せてないんだろうね)

お客様も 以前私のベアを迎えて下さっているオーナー様が何名かお越しいただきまして
(名前を名乗って頂いて (*゚∀゚*)はっとビックリ♪ 嬉しかった~~)

ベアを連れて来てくださっている方もいらっしゃって♪ ああ、幸せや~~

ただね、何故か重なるんだな、だからそれぞれゆっくりお話させて頂きたいんだけど
結局あまりお話出来ずに お客様同士でお話されていたり
(初対面なのに意気投合されてるかたもいらっしゃったな~(笑)

それと、何年越しだ? ずっとずっとお会いしたかった 漫画家の、あの!伊東千江先生と
やっとお会いする事が出来ました~~ヽ(;▽;)ノ
先生のお家には 鈴のなる木のベア達が何体も仲間入りさせて貰っているし

絵も書いて貰ってるし、小鉄が病気になった時も励ましてくださったり
最高の贈り物を届けてくださったり 、その他ちょこちょこ シールくれたり
(して貰ってばかり(^_^;))

何故ここまでしてくださるんだろ?というほどして頂いているから
いつかお会い出来たら お礼をきちんと言おう、写真も一緒に撮って貰おう、出来れば握手とサインもお願いしたいし
めちゃめちゃ喋ろう!(なんかやっぱして貰うことばっかりやな( ̄▽ ̄;))

けど、どれ一つとして実行出来なかった。 先生が目の前に現れた瞬間から
脳内フリーズ! 

なんとか冷静を保とう、そればかりに必死!!

自分が何を喋ったかは覚えてないけど、 先生は 想像通り素敵な美しい方で
ただ想像よりも チャキチャキ? サバサバっとした 感じでそれもまた (おお~~!!)と
新鮮で良かったり♪

そして新たに ベアを連れて帰ってくれたんだけど、

(このこ!このこにする!) ってぱっとベアを手に取る姿がまた (かっちょえ~~!)
なんだか浅野温子を彷彿させるものがあり、かなり おっとこまえでした(笑)

お土産貰った♪ 淡いタッチが 切なくていいんよね~~
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本当に 今回のコンベションでは 初めて鈴のなる木の存在を知った。 大好きな雰囲気です
と言ってくださったり、

ブログをみていると声をかけて下さる方や お土産まで用意して下さるかたまで( ;∀;)
可愛い可愛いとの褒め言葉を体いっぱい浴びせて貰って(*゚∀゚*)
行って良かった!参加して良かった!

業者様にも新たなご依頼受けたり 実りだらけの旅でした♪
すっかり気を良くしたので 

来年も行くからね~~!待っててね~~!(単純すぎでごめん)

子供たちもばーちゃんと賢く待っていてくれたみたい
ただいま!
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寂しくなかったけど♪
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やっぱ家が落ち着くわ~~♪
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しょうも久しぶりの高い高い 幼児ちゃうねんから(笑)
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次は京都フェスティバルに向けて頑張ります♪

見てくださってありがと~~! 又来てねo(^▽^)o
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明日から東京  10年ぶり位の東京 花の都東京 とまぁ アラフォーの心はかなりウキウキとトキメイていたし

再婚相手と新婚旅行だって行って無かったから  本当なら前乗りで今日は朝から お台場や浅草やと観光するつもりで

居てたのに。。。   この~~台風の アホボケカス!いてもたろか! と言葉が少々荒れても仕方ない。

というか、、いてまわされたのはこっち ( ゚д゚ )  慌てて飛行機の予約18日に取り直し 抑えてあったホテルに電話をし

息子と小鉄を預かってくれるうちの 親に電話。 (は~~無駄に疲れる)

しかしこの飛行機の予約、なんとか18日で予約変更出来たものの、 早朝の便は埋まっていたので東京へつくのが

9時半。 空港から国際フォーラムまで40分程かかるらしく 

9時から10時までの会場入りに間に合わない(オーマイガ!)

11時からはプレオープン。。20分ほどで テーブルセット出来るだろうか( ̄▽ ̄;)

半泣きの物凄い形相で 必死でテーブルの前でゴソゴソしてる女がいたら、、それ、私ですから。


j自分達の旅支度、 小鉄と息子のお泊り支度 をしていると

小鉄、なんだか 申し訳なさげなこの表情。 何もないのにこんな顔はせーへんな!
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振り返るとすぐに理由が判明。。 おもらしのレベル超えてるやん。 ジャじゃ漏れやん
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ま~、歳やしな、じーちゃんやし もう怒らへんよ  けどばーちゃんちでしっこ臭い言われたらあかんし
シャンプ-しとこか!
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ええ!!嫌や!嫌や~! (おっぴろげすぎやし)
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それやったら一瞬怒られた方がましや~~~~! (だから、凄いから)
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パパ助けて  (無理!)
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と言うことで 綺麗にシャンプーしたし お泊まり準備オッケー♪
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今夜は大阪のばーちゃんちへ  もうちょっとしたらいくで~~
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準備にバタバタしている傍ら  男3 ニキ 寛いでるし。。

ええねんええねん。ちっとも腹立たへんよ! だって明日は ずっとお会いしたかった あの漫画家さん (解る人は解るよね)

とお会いできるから♪  緊張するな~~(*≧∀≦*) もっとダイエットして綺麗にしとけば良かった(そこ?)

では、楽しんできま~す(´∀`)

見てくれてありがとう! 又来てね♪
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第23回 日本テディベアコンベションに 初参加  します♪

告知おっそ! 来て貰う気あるんかい!  自ら突っ込んどきました

チョット、いや だいぶ 、 ミルクの事でセンチメンタルジャーニーになっていたりしたので
なかなかね  

東京初参戦だぜ!ひゃっほーーい って感じではなかったから

書くのがこんな間際になってしまいましたが 

(え!何もなくても いつもやん) みたいな顔してるけど 
小鉄

いや、ほんと、今回はやめとこっかな~  くらい 沈んじゃってましたが

ブログに書くことで なんか前を向けました

どれだけ悔やんでも 後悔しても ミルクはもう帰ってこないから 

それに ずっとメソメソしてたら 優しいミルクの事、 きっとめちゃくちゃ心配するだろうから

ミルクに出来なかった事、後悔の種は 残った小鉄と 次に家にくるであろう子にめいっぱい尽くします

いつか向こうでミルクと再会した時 (これが私のママやで!)  って他のお友達に自慢出来る様に

頑張る!!

ベアはミルクが容態急変する前に 服以外は 出来上がってたので 心穏やかに作れてますので
ご心配無用ですよ♪

では、その心配無用のコ達を全てではないですが見てください

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会場 東京国際フォーラム地下階 展示ホール2   Hー20 テーブルでお待ちしております♪

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愛犬ミルク (ゴールデンレトリバー) 2008年4月生まれ

生後4ヶ月半でやってきました。 小鉄(先住犬のパグ、一年お兄ちゃん) のフードを買いにいったショップで
異様にでかくなったその子は ガリガリに痩せていて、ゴールデンの割には毛が白くて
紛れもない 売れ残り感満載で

けれど愛くるしいその顔。 ショップの店員さんに このまま売れなかったらどうなるのか?と聞くと
ブリーダーさんが引き取ってくれるようにはなると思うんすけど、、ていう答え

繁殖犬にされるのかな、、 一旦家に帰ったもののいてもたってもいられず、
丁度ゴルが欲しいと考えていた当時の旦那さんの了解が出て 晴れてうちの子に迎え入れました

小鉄とも喧嘩する事もなく 連れて帰ったその日から仲良く遊びました
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おもちゃの引っ張り合いが大好きで
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お互い咥えては相手の口元へ ホレホレ って挑発してたっけ
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小鉄に兄妹が出来たような、女の子らしく小鉄とは違った可愛さで もう嬉しくて嬉しくてたまらなかった

この頃まだうちには子供がおらず、当時の旦那さんは 毎日帰ってくる仕事ではなかったから
怖がりの私は あっとゆう間に大きく育ったミルクの存在が頼もしかった

散歩も毎日いった。 ミルクのおかげで 車では通り過ぎてしまう景色もみれて楽しかった

それから2年後 念願の子供を授かった。 結婚から3年、待ちわびていて少し神経質になっていた私は
お腹の上に小鉄やミルクが甘えて飛び乗って来ないように ソファの上に乗ることを禁じた

散歩も毎日行けなくなった。 おでかけも 小鉄とミルクをお留守番にして出かける頻度が増した
可哀想だったけど、それでも 二匹への愛情は変わらないつもりだった

息子のしょういが誕生すると 小鉄もミルクも 良いお兄ちゃんお姉ちゃんぶりを発揮してくれて、しょうが泣くと
小鉄はしょうの傍から離れず、ミルクは私を呼びにきた。

私は二匹にいつも話した。 (もう少し我慢してな、しょうがもう少し大きくなったらみんなでいっぱいお出かけしょうな!
だからもうちょっとだけ待っててな)

本当に仲がよく
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まさに3人兄妹だった
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ちょっと迷惑そうだけど
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じっと許してあげる優しいお姉ちゃん
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それから3年程経ったとき 小鉄に悪性細胞腫が見つかり、 家族はどん底の気分だった
悔やんで泣いてばかりの 私を 小鉄もミルクも 寄り添い、顔を舐め 慰めてくれた

手術こそ出来なかったけど、ステロイドが体に合い、小鉄は私たちから離れる事無く、細胞も大きくならず
平穏な日々を過ごしていた

そんな矢先 、 結婚6年経った私たちは 離婚をする事になった。 息子2歳半
これも 私にとってはあまりにも急な出来事で 先行き不安で泣く日々

けれど現実は 早急に決めなければならない事ばかり、専業主婦だった私の就職 住む場所、犬2匹はどうするか、、、
仕事は友達に紹介してもらい 生保に就職出来た。 息子は当然私が引き取る。 犬は、、、

悩んだ。小鉄位なら何とかアパート探せるだろう、けど、 ゴールデンのミルクは、、

お金をだせば犬可の 大きなマンションに住めるだろうけど 当然私にはそんなお金はない
毎月出せる賃料を考えれば とてもミルクは連れていけそうにない。
けれど、毎日帰れる仕事でない 旦那に託す事は絶対出来ない。

里親に。。 出すしかない。

ネットで調べて掲載用の写真も撮って。文面も考えて、登録寸前、 腕を舐めにくるミルク
大好きな愛くるしい顔をみていたら 登録画面を消していた。

それから必死でアパートを探した 出せる賃料ギリギリの値段で犬可。ただし仕事への通勤車で片道50分
それでも ここしかなかった
本当は犬一匹までが条件だったけど、とてもいい大屋さんで、ゴールデンの賢さは十分分かってるから
飼ってもいいですよと。

それから小鉄とミルク、私と息子での生活が始まった 一応3部屋あるアパートだったけど、ミルクが入れる部屋は台所6畳と
居間の6畳だけ

昼間は息子は保育園、私は仕事なので 朝から晩7~8時頃まで小鉄とミルクだけで留守番していた
保育園は職場の裏だったので、迎えに行って、50分かけて家に帰り、、

息子を食べさせ、お風呂にいれ、寝かすため、小鉄とミルクには
一言二言話しかける程度で スキンシップはおろか、散歩も連れていけない日が多かった

大きなリビングの家と廊下の家ではさほど感じなかったミルクの抜け毛は
狭いアパートではうんざりするほどに感じ しんどく感じる時もあった

けれど、そんな身勝手な私に 二匹は変わらず癒しと愛を与え続けてくれた
小鉄の愛嬌のある仕草をみてると笑顔になれたし、ミルクの大きなフワフワの体に顔を埋めると
暖かくて柔らかくて落ち着けた

シングルマザーとしてマル5年 人間にとっての5年は振り返るとたかだか5年。
けれど犬にとっての5年は一生の約半分。
しかも二匹にとっては一番ノっていていい時期を狭いアパートで孤独に過ごさせてしまっていたが

今の旦那と出会い、再婚する事になった。
小鉄12歳、ミルク11歳  すっかりおじいちゃんとおばあちゃんになったけど これから残りの犬生楽しく過ごさせてあげるからね
生活に慣れるまでパートに出ず、一日家に居て、また昔の様に散歩に行き、ブラッシングをし、
おやつを食べ、抱きしめて過ごした
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雪におおはしゃぎのミルク
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こちらに移ってきてから8ヶ月経ったある日、いつもは私がシャンプーをするのだけど、この日はトリミングもして貰おうと
連れていったサロンで言われた。

ミルクちゃん、お尻絞ろうとしたら 穴の横にコリっとしたものがありますのでお医者さんにいってくださいと

お医者ならこちらに来てすぐと、先月もフィラリアの薬もらいに一緒に行ってるのに。。

一抹の不安を覚えつつ、いつも小鉄を見てもらっているガン治療で有名な動物病院に連れていった
片道3時間 ミルクはお出かけだと後部座席で嬉しそう

診察結果は まさかの悪性細胞。 ガンだった。 しかも末期。 小鉄よりもかなり深刻だと告げられた
お尻のアナの横のコリっとしたものは お腹の中直腸から大きくなった腫瘍で
もう外科手術では取り除けない状態。

半分切除して、後の半分を放射線をあて小さくしていく方法もあるが数百万単位と高額なうえ、
完治する事は望めず、ミルク自身辛く、治療中に逝ってしまうかもしれない
先生は
、「小鉄君の時もいいましたが、決めるのはご家族様です。
ですが、僕としては、その時その時緩和治療をし、ゆっくりと余生を過ごさせてあげるのがいいんじゃないかとおもいます。」と。
免疫をあげるサプリメントを飲み、

ミルクは変わらず元気にすごしてお正月を迎え、桜も又一緒にみました
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腫瘍の場所が場所だから、閉塞し、排便がうまく出来なくなってくるかもしれないと、先生も案じてくれていたけど、
そんな事もなく、年齢的な事で、寝ている時間が多くなったというのはあれど、
 よく食べ、お散歩も喜び、甘えて過ごした。

小鉄はガンになって、余命宣告半年と言われたのにそれから7年生きてる。
きっとミルクも大丈夫 そう思っていたけど

その日は突然やってきました
二日ほど前から ハーハーと息をしていたけど 食欲あるし、はしゃぐし
私たちも6月になってムシムシと暑いのだからミルクにとってはかなり暑いのだろうと
エアコンを24時間つけていた

ところが、ハーハー始まってから三日目の6月26日、昨日まで変わらず食べていたフードを食べなかった。
トイレはかろうじておしっこだけしたがすぐに横たわった。

心配ですぐにでも病院に連れて行きたかったが あいにく旦那は仕事。私一人では病気の30キロ近くある
子を車に乗せる事が出来ない

大好物のおやつを口元までもっていくがやはり食べず、ハーハーは激しくなるばかり。
お水を運んでやると、少し舐めて飲んでくれるがそれだけ、

声をかけ、体を撫でるがちらっと私を見るだけで、首をあげずに横たわるだけ

夕方旦那が帰って来てすぐ近所のお医者に向かった。緩和治療のみにすると決めてから
事情を説明し、診て貰っていた獣医。

先生のみたてでは おそらく腫瘍が脳へあがったのでしょう。
言われて納得した。 
昔私の父が末期ガンに侵されていた時、最後は脳に上がって終えたから。

痛み止め、栄養の点滴等、数本打ってもらい、これで様子をみましょうという事で
ミルクを連れて帰った。夕方7時
家に着くとそれまで立ち上がれなかったミルクは自ら歩き、おしっこをした

すごいな~~!ミルク!偉いな~、褒めて撫でた。
おやつを差し出すと食べてお水も飲んだ。

「すごいもんやな!注射と点滴がきいたんやな!」良かった良かった!
旦那と一緒に安堵し、喜んだ。 
自分たちもご飯を食べ、ホット一息、 ミルクはいつもの寝床で寝ている

私はその穏やかなミルクの寝顔に安心し、コーヒーを入れ一息ついたその時

突然ミルクがひっくり帰り 手足をばたつかせ、口からは泡とよだれを吹き出し
あがあがと声にならない音を漏らしながら喘ぎだした
失禁もみられる

うわ~~~!!ミルクミルク!!どないしょ~~!
旦那と私はパニックになりながら声をかけ続け、けながら 獣医に電話をするも、診察時間は過ぎて繋がらない

ネットで調べ手当たり次第に電話をしたら、一件繋がり、救急で見てくれるところを教えてくれた。
車で40分程の所。

この間、20分ほどだっただろうか、 ミルクは悶え苦しんでいる 

旦那と毛布を担架変わりにしてミルクを車にのせ、医者え向かう道中もひっきりなしに発作は続き
物凄い形相で苦しむミルクを私は 発狂したように泣きながら撫でてやることしか出来なかった


「神様お願い!もう そのまま逝かせてあげて! これ以上苦しめやんといて!お願い!」
ミルク!ママここにおるからな!大丈夫やで!パパもいてるよ!
しんどいな~、我慢せんでいいねんで!えらいな~!賢いな~

ありとあらゆる言葉をかけ続けた。旦那はひたすら運転してくれている

病院に着いた時既にミルクの意識は無いようだった。
医者に事情を説明すると
まず発作を抑える薬を入れてくれた。
そして安定剤も入れた。

ミルクは手足に痙攣は残っているが 薬のおかげで苦しさは和らいだようだった
そしてもう一度事の経緯を話す。

先生二人でやっておられる獣医でおふた方とても丁寧に親身に聞いて下さり
やはり脳に腫瘍が転移したのでしょうね。その場合の痙攣発作でしょう。

痙攣発作だけなら発作を止めてあげたら、又しばらく回復する子もいますが
ミルクちゃんの経緯を聞いてると それは見込めないでしょう。

今も意識は既に無い状態です。 連れて帰ってあげて様子をみられるのもいいですし、ただ又必ず発作は起こります
その時どうするかです。
苦しい思いをさせるだけならもうこのまま 安らかに逝かせてあげるのもいいかと思います。

私たち夫婦にとっては覚悟していたとはいえ、やはりそれでも突然だったし
どうしょうかと思った。それにわたしは安楽死はしたくないと常々思っていた。
最後まで全うさせてやりたい。その最後を私がきちんと傍で見届けたい

けど、先生とお話させてもらいながら気持ちは変わっていった。
もう、走り回る事も、美味しい物を食べる事も出来ないなら、目覚めた先にまたあの苦しみが待ってるなら
もうこのまま眠らせてあげたい

旦那は歯を食いしばりながら、(俺は決められへん。俺はきめたらあかん。めぐが決断し)
私は最後の言葉を絞り出した。

先生 お願いします

先生は解りました。それがいいと僕たちも思います。

そして薬を用意する間私は眠るミルクの顔に顔をくっつけ話した 
ミルク、今までありがとう。ママのところに来てくれてありがとう。何もしてあげれなくってごめんな
大好きやで、ずっと忘れへんからな

先生がではいきますね、と注射をさすと、ミルクの上下していたお腹がスっと静まった。

旦那と私は声を出してないた。旦那も「パパは何もしてやれんかった、ごめんな」と泣いていた



三日三晩泣き通し。四日目やっとミルクの遺影を作った。又泣いた。
その間私を支えてくれたのは フェイスブックで以前からフレンドが上げている 犬猫のレスキュー投稿

ショップに並ぶ子達の親、繁殖犬のあまりにも悲惨な状況や、多頭崩壊した所からの保護
いらなっくなって保健所に捨てられたコ達を保護する人たちの活動を見ることで
勇気づけられ、ペットとのあり方など教えて貰いました

今ようやく落ち着き、ミルクの事を冷静に思い出し、語れるようになったことだし

このブログでも2008年からミルク達の事を書いてきたので ひとつの区切りとしてかきました

今はもう私、大丈夫です♪ ミルクも見守っていてくれています♪

しっぽのあるコ達が幸せに暮らせますように、愛をこめて、 めぐみ
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